2010年8月過去ログ
- 2010年8月30日 ニホンズイセン
- 2010年8月23日 茜陶房と城間外人住宅地域
- 2010年8月21日 沖縄のみんなが泣いた日
- 2010年8月16日 赤田のみるくウンケー
- 2010年8月14日 いろいろ変わってます、沖縄
- 2010年8月13日 メイクマン
うなずくように、ゆらめくように、踊るように体を揺すっており、
いかにも楽しそうに風と笑い合って、
晴れやかできらめいているみたいだった。
自然讃美のロマン派詩人、ワーズワースが書いたスイセンの詩の一節です。
中目黒の青葉台にある、ジュエリーブランドgeodesiqueのコンセプショナルブティックにて、
9月10日の金曜日から始まる「球根草花展」ですが、先週末ようやくDMを発送することができました。
お手元に届くのは明日あたりでしょうか。
DMの作品は立体のサフランです。geodesiqueの石井さんが撮りました。
万事少々遅れ気味ではありますが、頑張って制作しています。
ニホンズイセン
学名:Narcissus tazetta
ヒガンバナ科スイセン属の球根植物(鱗茎)
額縁サイズw400h400t44
興南高校の春夏連覇の興奮が、未だに覚めやまない沖縄ですが、
このところ人気のエリア、城間外人住宅地域に行ってきました。
人気エリアは城間2丁目なんでしょうが、茜陶房の4丁目も僕としては人気エリアに ねじ込みたいところです。 ギャラリーには、この夏の新作たちが並んでいました。
物質の循環のガラスパネル。 沖縄の日差しはさすがに強いです。 葉の色はあせていまっていましたが、 いい味が出ていました。 その名の通り、物質の循環を感じます。
さて、お隣のカフェ「musy(ムージー)」では、
タロちゃんが居眠りしていました。
タロちゃんの他に、3匹ほどウロウロしています。
ネコ好きにはたまらないカフェです。
茜陶房とムージーの城間4丁目から
港川小学校のあたりで学園通りを渡ると、
見えてきました外人住宅地域。
まずは、家具や内装などスペソーに近いお仕事を
されているチューイチョークさんが経営する、
おいしいタルトや雑貨を扱うお店、
「oHacorte(オハコルテ)」に行きました。
続いてはスコーンとパンのお店、
「ippe coppe」です。
ここは、去年壷屋にギャラリーを移した、
「よかりよ」の八谷さんが住んでいたところだと、
茜陶房の与儀先生が言っていました。
雑貨屋さんやカフェが立ち並ぶエリアですが、実際は住宅地ですので、
静かな雰囲気です。
ちょっと小腹が空いたので、かるく一杯のつもりで、「rat&sheep」に入りました。
ここrat&sheepは夜カフェです。
オーナーのタイラジュンさんは、雑誌「LP」をはじめ、
写真家としてもご活躍されている人で、料理も凄腕。
「鼠と羊」と聞くと、春樹好きの僕としては
敏感になりますが、どうやらオーナー2人の干支から
来てるようでした。
一杯のつもりが、2杯、3杯とビールだからね、と言いながら進んでしまいました。
ご飯は「飛天」でいただきました。
外人住宅の中とは思えないかんじです。
お客さんもいっぱいしてました。
おいしいワインを炭酸のと赤2本いただきました。
もうすでに、記憶が飛び始めていました。
飛天だけに...。
最後は「favorite blue」に行きました。
ミーツーさんに会うのも8ケ月ぶりです。
おいしいシングルモルトをいただきました。
何をしゃべっていたか、どうやって帰ったか
記憶がトンでしまいましたが、みんなとても楽しそう
だったのは覚えています。うちの嫁はカウンターで
ずっと寝てたような気がしますが...。
こうして、11年振りの夏の沖縄はいろんなことがありました。
愛猫のきいが2回も脱走を謀り、さんざん逃げまくったあげく、材木に挟まって
身動きが取れなくなって、「ニャ〜ニャ〜」泣きそうな声で助けを求めてようやく捕えたり、
ジャングルの中をかき分けてお墓の掃除をして、長袖シャツの上から背中を10数カ所
血を吸われて悶絶したり、台風の中バスに乗ったら、キンキンに冷えた車内で
風邪を引きそうになったりしましたが、みるくウンケーやヤンバルの海、
友人たちとの楽しい時間、おじさんおばさんたちの元気そうな姿など、
とても良い時間を過ごすことが出来ました。
そして、沖縄中が熱狂した甲子園も素晴しかったですね。
脱走したきい。
きいは去年のお正月に、この沖縄のおうちの
庭にいた子猫で、青がいいと言ったので、
東京に連れて帰った男の子です。
自分の庭って覚えているんですね。
もうちょっと遊びたかったのにごめんね、きい。
今度のお正月はリードをつけて首里城に行こう。
今年の甲子園ほど疲れたことはなかったんじゃないかと思います。
沖縄県民にとっては、19年前に沖水が2年連続で優勝を逃しましたが、
今年が本当の意味で、深紅の大優勝旗を狙える最大のチャンスでした。
僕は大会前から異常なほど緊張していましたが、沖縄に帰省するとタクシーの運転手の方をはじめ、
みんな同じように緊張しているのがわかるほどでした。
僕は沖縄県民にとって、夏の甲子園制覇がどれほどの悲願なのかを改めて感じていましたが、
このことが選手たちに、重くのしかからなければいいなと思っていました。
連日の熱戦をみんな固唾をのんで見守っていました。
試合後の夜には、みんな行きつけのお店で祝杯をあげていましたが、
勝っても大喜びすることがないなんて、初めてでした。
県民ひとりひとりのそういった姿勢が、勝ち進んでも表情を緩めない選手たちにも
伝わっているように思えたほどでした。
僕は、興南と東海大相模の決勝を戦前に予想していましたが、それは期待を込めてのことでした。
大会が進むに連れて、現実味を帯びてくると、僕は正直やりずらいなぁと思っていました。
なぜなら東海大相模は僕の出身校の相模大野高校の隣の高校だったからです。
でも沖縄には、僕よりもっと複雑な心境で決勝戦を迎える人がいました。
東海大相模に大城兄弟という沖縄の首里中出身の選手がいましたが、
その2人の父親は、義理の兄の友人の大城さんだったのでした。
大城さんは、30数年前に義理の兄と一緒に宮崎の名門都城高校に野球留学していた人で、
2年前には長男も、東海大相模でプレーしていました。
息子たちの晴れの姿を見に、甲子園のスタンドにいた大城さん。
「息子たちが打って活躍してくれて、決勝で興南に負けるんだったら本望さぁ」
大城さんの思った通り、2人とも打って守って大活躍でしたよ。
今日は沖縄県民にとっては忘れられない日になりました。
悔し涙ばかりだった沖縄の夏に、はじめて嬉し涙をもたらしてくれました。
興南高校、選手権県勢初優勝、そして春夏連覇の偉業達成おめでとう。本当にありがとう。
沖縄では明日は旧盆の迎えの日、ウンケー。
ご先祖さまも、そして栽監督も、みんな沖縄で待っているんでしょうね。
今回の帰省では16年振りに、おうちの前を通る「みるくウンケー」を見ることができました。
もう300年も続いている伝統行事で、無病息災、五穀豊穣を願い、みるくがスネーイ(道を練り歩く)します。
写真の真ん中、右手にうちわを持ってるのがみるくです。
みるくとは弥勒菩薩の弥勒を指していますが、その昔、弥勒菩薩の化身として現世に現れたといわれる
布袋様の姿が元になっているようです。
でも、僕としてはみるくはみるくという神様だと思っているので、
そのへんのことはどうでもいいんですけどね。
みるくが通るのは、赤田、鳥堀、崎山の三町の
スージグワー(細い路地)です。
町内の子どもたちが赤田首里殿内を奏でながら
おうちの前を通り過ぎていきます。
みるくをウンケー(迎える)できて良かったです。
それにしても、本当にみるくは幸せそうな顔を
していますね。ご利益をいただいた感があります。
みるくが帰る首里クラブのある首里殿内
ではありませんが、夕飯は金城町の石畳下の、
首里殿内に家族で行きました。
朝早くからお墓の掃除まわりをして疲れていましたが、
ご先祖様、神様に感謝できた良い一日でした。
東京にいると、お祭りなんかにはまず行かないのですが、
こういう伝統行事は、年に一回は訪れたいですね。
何か浄化されたような気がします。
また来年もこの時期に帰って来れるといいなと思いました。
久しぶりにヤンバルに行ってきました。
ヤンバルと言っても、ヤンバルクイナがいるところまでは行っていません。
水族館とかある本部の方です。ヤンバルって広いんですよ。
沖縄の上半分くらいヤンバルみたいなもんですから。
沖縄けっこう変わってきてますよ。
まず、高速が無料になってました。
なので、すごい混んでました。
天気は相変わらず、かたぶいです。
あっちは晴れてるのにこっちは雨みたいなのです。
でもこれは、僕が雨雲を連れて走ってるからですが...。
けっこう前からですが、
カフェでいいお店が増えてきました。
北中城の安谷屋にあるカフェが良かったです。
「プラウマンズ・ランチベーカリー」という名前でした。
多分ですが、内地の人がやってるんだと思います。
内地ってうのは、日本の本土のことです。
沖縄県以外の人はみんな内地の人ということです。
沖縄に移住しててもないちゃーです。
沖縄で生まれた人は東京にいてもウチナーンチュで、
沖縄で生まれていない人は、親がウチナーンチュでも
内地の人なのです、難しいけど。
上戸彩ちゃんはないちゃーですよね。
でも、お母さんはウチナーンチュみたいな...。
本部の伊豆味にある「カタチ」という雑貨屋さん。
ご夫婦で三重から来たんだそうで、
沖縄にはあまりない雰囲気のお店でした。
このように、最近僕がいいなぁと思うお店はたいてい、
内地の人がやっているように思われます。
それから、北谷の美浜も変わってました。
サンセットビーチ側に、ショッピングモールが
出来ていました。
でも、僕はアメリカ屋が閉店するというのに驚きました。
ヤンバルの海に入りました。
海もけっこう変わりましたね。残念ですが、
10年前とは比べ物になりません。
でもなんて言うか、10年前も同じこと
言ってたような気がします。
首里の「あしびうなぁ」でご飯を食べました。
お店の比嘉さんが三線で歌ってくれました。
観光客のみなさんはとても嬉しそうに
ノリノリでカチャーシーを踊っていました。
以前、恥ずかしそうに踊らない人がいたのが
うそのように思えます。
沖縄はいろいろ変わってきているんだなぁと実感しましたが、
一番変わったのは、沖縄の方が東京より涼しく感じる、ということですね。
そのうち東京でハブやらマングースが捕獲された、なんてニュースがあるかもしれないですね。
8月初めで物件を引き渡すことができたもので、スペソーを立ち上げてから初めて
お盆に沖縄に帰省しています。みなさんはどうお過ごしですか。
沖縄でまず行きたいのは、みなさん「海」でしょうか。
僕はというと、おうちの階段の滑り止めを買いに「メイクマン」に行きました。
「メイクマン」はホームセンターです。東京にあるそれらと同じです。
でも、なぜかメイクマンに行っていつも何か買ってしまうんです。
東京でも売ってるのにです。
まあ、沖縄に帰ってくるとあれこれ修繕作業したり、親戚、友人たちに会ったりして
忙しいんですけど、なんとなく精神的に『暇』なんですよね。
今回は11年振りに夏に帰省できたので、久しぶりに海にも行こうかなと思ってます。
東京は今日も暑いですか?
沖縄は風が気持ち良くて、東京からだと避暑地に来たような感じさえしますよ。
※業務連絡です。
沖縄ではネット環境が離れたところに行かないとないので、お急ぎの方は電話して下さいね。